2009/06/29

まさに崖の峡谷

雪解け時期には増水し、この峡谷で命を落とす人が多かったという。

シェレネン峡谷の旧道

馬車が通れるまでに拡張できたのは18世紀に入ってからだとか。それまではほとんど登山道みたいな険しい道だっだそうだ。

2009/06/27

今では何の変哲もない橋に見えるが


悪魔の力によって架けられた橋が出来上がり、生贄を差し出さなければならない。そこでヤギを最初に渡らせて、人が生贄になるのを防いだとか。
こういう詐欺的な契約が成り立つというのがスイスらしい?

悪魔の橋


そこで、人々は悪魔にこの橋を架けてもらう事を依頼する。悪魔は最初にわたるものを生贄に差し出す事を条件に引き受けたという。

悪魔の橋のフレスコ画

アンデルマットからロイス川沿いに下るとすぐにシェレネン峡谷が始まる。ここが昔難所中の難所と言われたところ。特に切り立った崖に架けなくてはならなかった橋は、人の手では無理だと言われていた。

温泉地でもあるアンデルマット

日本人が喜びそうな触れ込みだが、スイスで日本人が温まれる温泉地はない。何せ湯温がみな38度以下だから。スイス人は38度で水着を着て、温泉を楽しんでいる。日本人の感覚では単なる温水プールだ。
(実は私の知る限り、一箇所だけある、湯温が42度あるクアハウスが・・・)

2009/06/25

アンデルマット

ウルゼレンの中心の町。この町も、ゴッタルド峠の開通によって、歴史に翻弄される経験を持つ。今でこそスイス建国の原三州の一つ、ウーリ州に属しているが、かつてはスイス同盟の敵、ハプスブルグ家がこのアンデルマットを押さえていた。長くディーゼンティス修道院の所領にあり、スイスが正式に独立国となった17世紀に入って、ようやくこの地はスイスの一部となった。

今やリゾート地

スイスアルプスを堪能する絶好の位置にあり、夏はハイキング、テニス、パラグライダー、ゴルフ、冬はスキー、スケートが楽しめるスイスでも名の通ったリゾート地に発展した。でも、観光地っぽい俗化した雰囲気はない。
実は最盛期は19世紀だったそうで、まだゴッタルドトンネルが出来る前、ここは交通の要衝として、また保養地として栄えたのだそうだ。

2009/06/24

ゴッタルド峠に続く山塊

オーバーアルプ峠からみて左側には、ゴッタルド峠に続く山塊が続いている。ゴッタルド峠開通は、スイス建国の契機ともなった、大変重要な交通路の開通だった。

アルプスのオアシス・ウルゼレン

この谷は三方を厳しい峠(ゴッタルド、フルカ、オーバーアルプ)に阻まれ、残りの一方を断崖の様な峡谷(シェーレネン・シュルフト)に阻まれ、人を寄せ付けない谷だった。記録に残る範囲で、人が住み始めたのがゴッタルド峠開通の頃からだったという。人知れぬオアシスの様な谷だった。向こう正面の山の鞍部にはフルカ峠があり、その峠付近からローヌ川が始まっている。

のりさん旅行記・オピニオンを始めました

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