2009/09/02

私のスイス、ヨーロッパ(109)

(109)
7月20日、晴れ時々曇り
 昨日は枕が汗臭くてよく眠れなかった。私にあてがわれた部屋はまぁ合格点ではあるけれど、電気を取るコンセントのプレートが壁からはがれていたり、冷房のリモコン電池が切れかかっていたり、床の掃除がいい加減だったり、細かい所に難点があった。

 ゲストハウスの周囲には植樹がされていて、椰子の木や名前のわからない熱帯性の樹木があった。地面には顔がオレンジ色の大きなトカゲが歩いており、ここがアフリカだと感じさせる。朝でももう温かかった。ネスレには外国人技術者が沢山いて、主にはヨーロッパから来ていた。そのためゲストハウスの区画には何棟もヴィラや宿泊所があって、さらに建設中だった。私が滞在した宿泊所のすぐ近くに滞在者用のテニスコートとプールがあった。

 朝食はウエスタンスタイルのものだった。ご飯もリクエストすれば作ってくれるとの事だった。しかし、アフリカの米は大粒で細長く、ぼそぼそしたもので、とても朝食に食べたくなるものではなかった。私の朝食はトーストにベーコンエッグが定番になった。

 朝食を取っていると次々に技術者がやって来た。スペイン人、フランス人、スイス人、ウクライナ人、パキスタン人と多彩だった。今日は日曜日なので、この人達は休みだった。私には日本から来るメーカーの技術者を空港に迎えに行く仕事があった。休みの技術者達は、今日はゴルフに行くと言っていた。

 技術者達の移動には専用の送迎車に警察官が付く。よって安全は確保されており、食べ物は贅沢とは言えないがきちんと提供してくれる、だからここでの生活は悪くはない、とスペイン人の技術者が話してくれた。しかしネスレは外国人が一人で外出することを望んでいない。特に夜は危ない。自分たちは一種特別待遇の囚人みたいなものだな、と話してくれた。因みに、収入はいいのか?と聞くと、倍以上にはなるということだった。何年かここで仕事をすれば、一財産になる、であれば我慢できると言うことだろう。

 ジュネーブから来たというスイス人技術者は、いつも宿泊所で働いているまかない職員に不満だった。サービスが良くない、料理が下手だ、部屋の破損箇所がいつまでたっても直らない・・・永遠に続く。彼はここの古参らしく、10年以上前のここの様子も知っていた。その頃はまだゲストハウスもなく、彼はガーナにネスレから家を作ってもらったのだそうだ。平日はシェルターみたいな所で寝泊まりし、週末ガーナでゆったり過ごしたらしい。彼に言わせると、ガーナは安全でいい所らしい。ナイジェリアとは雲泥の差があるとか。因みに彼にはスイスに住む本妻と、ガーナに住むガーナ人妻がいるんだそうだ。流石フランス語圏のスイス人、やることがラテンっぽい。

 午前9時、約束したとおりゲストハウスの前で待っていると、いつまでたっても車がやってこない。すると、まかないの人が出てきて、工場の玄関の守衛所まで行けという。もう約束のことは忘れているだろうとの事。昨日のカオスを見ているので、素直に納得する。守衛所まで行くと運良く今日のドライバーに出会った。案の定昨日の約束は伝わっていなかった。

 車に乗って待っていろとの事だったので、車に乗っているとガソリンを入れ始めた。ガソリンは工場内の給油所でいれる。ものすごく警備が厳しく、警備員立ち会いの下、警備員が鍵を開けて給油し、給油量などを詳細に記録していた。これも昨日のカオスを見ているのでさもありなんと納得。ついでに昨日の入国審査の厳重さも、意味不明ながらありそうな事だと納得。

 ガソリンを入れていよいよ出発と思ったら、構内を走行中に作業用のトラクターがいきなり横から飛び出してきて衝突。後部右側のドアがべっこりへこんでしまった。これではもう使えない。このトラクターいきなりバックを始めて送迎車に突っ込んできた。後部座席にいた私をめがけてだ。トラクターの運転手は後ろも見ずにバックしたのだから恐ろしい。構内でスピードが出ていないから怪我もなかったが、冷や汗ものだ。この騒ぎで出発が30分遅れる。

 朝方の道路事情は昨晩より良かった。空港まで2時間でついた。運転手がいうには渋滞がなければ1時間20分で空港までつくという。ネスレの工場はラゴスの外れにあって、空港から約80キロ程南西に離れた所にある。

 昨晩のカオス渋滞の余波が所々に見える。道路に故障して動かなくなった車がぽつん、ぽつんと乗り捨ててある。中には事故でへしゃげた車があった。もっともそれとは別に今おきたばかりの事故も見た。トラクターの運転手といい、ナイジェリア式の運転をすれば事故が起きても不思議ではない。

 車の運転にもびっくりするが、バイクの運転にはさらに驚く。バイクの運転には交通ルールがないようだ。ヘルメットをしない、というのは優しい方で、3人乗り、4人乗りは当たり前。家族5人乗りのバイクも見た。旦那が運転して、奥さんが一番後ろ、その間に3人の子供が乗っていた。もちろんヘルメットなどしていない。命知らずの家族である。

 バイクはどこを走ってもいいかの如く、次から次へと道路を逆走してくる。みんなそれに驚いていない。確かに道路は渋滞しており、交差点も少ないから、ちょっとした距離なら逆走したいのもわかる。しかし、右側通行なら右側を走る、というのは道路通行の原則ではあるまいか。これも崩れるなら、そもそも交通ルールがないに等しい。

 朝のナイジェリアの景色は、夜より悲惨に見えた。夜はよく見えない分だけ神秘さがある。ランプの明かりなども、ある意味レトロでロマンチックだった。しかし陽の光は容赦なく現実を映し出す。道ばたに並ぶぼろぼろの掘っ立て小屋、窓ガラスの入っていない家、どれもがすすけた家々。道路脇の至る所に穴が開いていて、水溜まりが出来ている。

 村々の中は舗装されていない。大きな荷物を頭に乗せて歩く人々。舗装されていない道はでこぼこで、大きな水溜まりが所々に出来ている。山と積まれ放置された得体の知れないゴミ。動くかどうかわからないようなボロボロの車。当然水洗トイレなどないだろう。衛生状態が懸念される。マラリアどころか、いかなる伝染病が発生しても不思議ではない。

 道ばたで寝起きしている人々がいる。多分家も仕事もないのだろう。ここには貧困があって、その貧困から抜け出せない絶望がある。いや、もしかしたらそれは悲観的過ぎるのかも知れない。熱帯に位置するナイジェリアは常夏の国だ。家がなくても凍え死にはしない。太陽の恵みが一年中、何かしらの実りを与えてくれる。生活の質という観点を全く違う角度で見た場合、彼らは実は満足していて、それなりに幸せなのかも知れない。

 何れしても、この光景を2時間も見ていると疲れてきて、重い気分になってしまう。私がもしここの現実に投げ出されたならば、貧困と絶望以外感じないだろう。何が豊かさなのだろう、そしてどうしたらこの人達が豊かに暮らせるようになるのだろうか、などと考えていると、道路の先で人が転がり道ばたに倒れた。状況からして車と衝突したようだ。

 ところがどの車も止まろうとしない。そうこうしているうちに、私の乗っている車も倒れてうずくまっている人の横を通り過ぎて行く。びっくりして声も出ない。私たちの運転手は何の動揺もなく、まるで当たり前の様な雰囲気でいる。第一この車には警察官が乗っているではないか、何もしなくていいのだろうか・・・。そう、ここでは轢かれた方が悪いのだ。

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