朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0328/TKY201103280468.html
一部抜粋
福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷に意欲をみせていたという男性。遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。
----------
30年以上も前から有機栽培にこだわり、自作の腐葉土などで土壌改良を重ねていたという。自分の畑とその土に対する愛着はひとしおだったろう。また、この方は安全な野菜づくりを誇りにしていたという。原発の放射能汚染がその方の畑を襲い、出荷どころか食べる事も制限される事態になった。「福島の野菜はもうだめだ」と絶望した。今まで築き上げてきたものが、目の前で全て崩れ去っていく、土は汚され、野菜は価値を失った。目の前で腐らせるしかない。どんなにか無念だったろう。もう安全な野菜は作れない、それは30年もの間続くかも知れない。絶望が深まっていく。
遺族が言う様に、私も「原発に殺された」と思う。
須賀川はかつて私の住んだ白河からそんなに離れていない。ハーブ園などもあり、ちょくちょく遊びに行っていた。そんな須賀川で起きたのか、と思うと私にも相当なショックだ。友人の親戚が須賀川の結構近くで農業を営んでいる。本当に野菜やコメを出荷できるのだろうか、出荷出来たにしても風評被害で売れないのではないだろうか、と心配している。
今後何年も放射能汚染の影響で直接的に、あるいは間接的に死ぬ人が出るだろう。一体その数はいくつになるのだろうか。日本は数奇な国だ、世界で唯一の原爆被害国として沢山の死者を出した、ビキニ環礁の水爆実験でも巻き添えを食って死者を出した、そして三度目の正直、己が国の原子力平和利用ですら、事故を起こし死者を出している。核を嫌いつつ、累々と核による屍を重ねている。
誰かの発言ではないけれど、天罰、という言葉が頭をよぎる。いや、これは人災なのだ。だからこの様な自然を尊ぶ者が理不尽にも犠牲となる。
No comments:
Post a Comment